*以下は2007年10月25日、千里桃山台事件弁護団が、大阪地裁判決を前に司法記者クラブで配布した資料をもとに編集したものです。

 

千里桃山台事件(*1)判決の注目点

(*1)平成17年(ワ)第8415号・平成18年(ワ)第7205号所有権移転登記手続等請求事件

この判決の注目点は多岐にわたりますが、なによりも2002年に改正された「建物区分所有法」(建物の区分所有等に関する法律)の憲法適合性、国際人権条約適合性について正面から取り組んだ訴訟の初めての判決という点にあり、今後、自己所有マンションが多数決で奪われて良いのか、自己所有マンションに安心して住み続けることができるのかという、財産権の保障(憲法29条)、居住の権利(社会権規約11条)についての根元的な判断となり、現在、将来にわたって全国的な影響を持つ判決になります。

1 2002年改正は、それまでの区分所有建物(団地やマンション)の建替えが、個々の建物について修繕費用が建替え費用に比べ過分に多い場合(費用の過分性の要件=客観要件)にのみ区分所有者4/5の多数決で建替えができると定めていた規定を、費用の過分性の要件を取り除き、多数決のみで建て替えることができると変更し、更に、建物が複数の団地では、団地全体で4/5、個々の建物については2/3の賛成で建て替えられるという条文(団地一括建替え)まで新設しました。

2 このような、法改正(立法)をするためには、それを必要とする「立法事実」がなければなりません。しかし、今回の改正は、内閣法制審議会に、規制改革会議の委員が乗り込み、法制審議会での実質審議を欠いたまま成立したという、日本の立法史上例のない異常な手続で成立したものです。

3 法改正の結果、1970年代の働き盛りに購入し「終の棲家」と考えていた区分所有者が、70代、80代の高齢に達し病気を抱え障害を持ちながらも、何の不満もないどころか、非常に気に入っていた住居から、多数決で突然追い出されるという事態が生ずる可能性が生じてきました。

4 しかも、このような建替えが企画される団地は、本件団地のように5階建て、棟間隔が20〜30メートルもあり、一日中どの住戸にも陽が当たり樹木も成長して緑豊かな団地、言い換えれば、容積率に十分な余裕のある団地です。本件団地では、現状67%を195%の約3倍に変更するものです。(しかも、吹田市は、容積率を150%に抑える市条例を制定しましたから、再建団地は、建った瞬間から「既存不適格建築物」になり、再度建て替えをしようとすると、45%の人は行き場がなくなります)。

5 なぜこのようなことが起きるかというと、建替えを引き受ける業者(コスモスイニシア)は、容積率を3倍にもすることにより、2倍分を売却し莫大な利益を上げることができるからです。
なぜ区分所有者の多数が賛成するかというと、区分所有者のうち「外住者」と呼ばれる人、自分は団地外に住み、住戸を賃貸して利益を挙げている人が徐々に増えて約半数に達したからです。この人たちにとって住戸は自分と家族が住む住居ではなく賃料収入のための資産になっているため、建物が新しくなって賃料の増額ができることが望ましいと考えたのです。(建替えによる転売利益を目的に団地に転入し、建替え委員として活躍している人もいます)。
また、「内住者」と呼ばれる団地に住んでいる所有者も、建替え費用を建替え業者が負担し、自己負担しなくていいと考え、安易に賛成しました。(エレベーターがつくなどのメリットもありますが、通風、日照、天空率の低下、圧迫感の増大、住戸の前に車が入れない、再建建物の強度が従前のそれに優る保証がない、など様々なデメリットが生じ、これらはメリットを上回ると思われます。)
そして、内心建替えに反対、このままでいいと考えていた所有者、特に高齢者は、建替え賛成派からの猛烈な攻勢によって反対を貫くことができなかったという事情もあります。

6 このような区分所有者の自由な意思の表明が抑圧されること、或いは、利益本位の業者による建替え誘導などを避けるため、建物区分所有法を所管する国交省は、国会附帯決議を受けて「建替えマニュアル」「合意形成マニュアル」を作成しました。そのなかで、住民の自主的な合意形成を確保するため、合意形成段階を3段階にわけ、初期、中期の段階での業者の関与を禁じました。しかし本件団地では、団地内建替え派が当初から主導権をにぎり、業者関与が禁じられた段階からリクルートコスモス(当時)が関与し、建替え推進決議もされていない段階から建替え後の住戸選定をあおり、建替えを既成事実化しました。

7 区分所有者の自由な意思の表明の抑圧の極めつけが、建替え決議の議決権行使書に対する事前検閲とでもいうべき越権行為(権利の乱用)です。3度にもわたる事前開封、しかもそのチェックを建替え業者の顧問弁護士が行い、投票日の前夜10時に、棟別では2/3に達していなかった棟の理事が事前開封の席上、反対から賛成に転じたという事実です。この1票がなければ、決議は否決されていました。

8 2005年3月6日管理組合総会で、上記のような手続を経て4/5と2/3が辛うじて確保されました。

9 反対票を投じた区分所有者に、決議に参加するか否か2カ月以内に回答せよとの通知が出され、「売り渡し請求」(応じなければ訴えられる)を怖れた60名近い反対者の大部分が賛成に転じました。

10 残り10戸のうち、本件被告らを含む数名にコスモスイニシアから訴訟が提起されました。

11 2005年9月27日第1回口頭弁論が開かれ、2007年7月24日結審しました。 原告、管理組合、建替え組合は、訴訟が始まったばかりの2005年11月13日、住民を一斉退去させました。訴訟は計画審理で、翌年4月25日まで期日が決まり、さらに年度が替わればその先の期日を決めることが決められていたにもかかわらずです。
原告らの目的は、訴訟の帰趨も決まってない段階で、住民を建替えを前提とした仮住まいに移らせ、多数の住民に仮住まいの不便を訴えさせ、一日も早い結審を求める嘆願書を提出させるという、住民の不便と不安を人質に取って裁判所に影響を与えようという戦法です。住民は、2年間仮住まいの家賃の支払いを余儀なくされ、なかには住宅ローンを支払う住民もあり、高齢者には健康上の影響が深刻でした。結局、年金暮らしの高齢者まで2年間にわたって、支払う必要のない家賃を支払うことになりました(注)。こんなことを避けるために、被告らの弁護士は、管理組合臨時総会に出席して問題点を指摘し、警告しました。

(注:一斉退去以降、現時点〔2010年10月〕で5年になります。2010年春に再建工事が始まりました)

12 なぜ、一斉立ち退きが可能になったか。原告が、住民との間で、11月13日までに明け渡さなければ、買い取り価格の2割を減額する、再建住戸を取得する権利を剥奪するという消費者契約法違反、少なくともその趣旨に反する売買契約を交わし、過酷なペナルテイーを課したからです。すでに被告らに対し、みせしめのための立退き訴訟が行われていたため、住民は心理的に恐怖のどん底にあったのです。

13 11月13日の一斉立ち退きにより17棟、380戸の団地はゴーストタウンと化しました。 これは、残された者に対する「村八分」(村の規約に違反した村民に、全村民が申し合わせにより交際を断つ私的制裁)というべき行為です。突然にコミュニテイーが失われ、治安上からも残された高齢者、女性は特に恐怖にさらされます。その恐怖を利用して多数に同調することを迫っているのです。更に、無言電話、嫌がらせ電話、ガスの投入、直近の芝生への放火など、行為者が推測できるものもあれば不明のものもあります。

14 被告ら住民が、本件建替え決議を無効と考える根拠は憲法29条、13条違反と経済的、社会的及び文化的権利に関する国際条約(略称=社会権規約)11条 居住の権利の保障違反です。

 

憲法論・法律論の論点について


1)本件訴訟の憲法上・法律上の意義

2)2002年改正法の概要と問題点

(1)改正62条

ア 改正の概要
イ 問題点
ウ 本件の手続上の問題点
エ その他
・まちづくり指針違反回避のための駆け込み事前協議申請
・決議前の事前開封

(2)改正70条

ア 改正の概要
イ 問題点
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〔参考〕
◎憲法29条
T財産権は、これを侵してはならない。
U財産権の内容は、公共の福祉に適合するやうに、法律でこれを定める。

◎国際人権規約A規約
経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約(社会権規約)
第11条1項
この規約の締約国は、自己及びその家族のための相当な食糧、衣類及び住居を内容とする相当な生活水準についての並びに生活条件の不断の改善についてのすべての者の権利を認める。締約国は、この権利の実現を確保するために適当な措置をとり、このためには、自由な合意に基づく国際協力が極めて重要であることを認める。

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